そして、物語は結ばれていく
じぶんじしんの中に潜んでいる物語に気がついていくと
人生はこんなにも壮大で、目の前にあるひとつひとつの小さな出来事や
あのときの悩みや小さなちいさな選択さえもすべて完璧だったんだ。とおもえる。
たくさんの*あのとき*…。
小さなじぶんの中から湧いてくる声にスナオになったことが
物語を紡ぐひとつひとつであって、あのときの直感やじぶんの中で感じたことは
わたしたちの中に潜む壮大な物語からの声であり、サインだったのかともおもう。
じぶんで選択しているようで、じぶんで生きているようで(生きているのだけれど)
実はじぶんなんていうちっぽけな存在を越えたなにか大きなおおきな存在が
*わたし*の終わりのない物語を、どこまでも自由に想像して創造しながら
物語の中のわたしたちに声を掛けているのではないかともおもう瞬間がある。
そして、その大きな存在は実はじぶんじしんだということも。
だから、けっきょくは
*じぶん*で物語を描いていることに間違いはないのだけれど
今ここに肉体で存在しているじぶんだけじゃあなくて
この物語を見ているおおきな存在とも友達になって一緒に遊んだら
じぶんでは想像もつかないような壮大な物語が生まれていたことに後から気がついて驚くことがある。
*
今回20日から行く、ニュージーランドの旅。
(その物語を書いた記事↓)
物語を結ぶ
前回の記事に書いたように
ニュージーランドに行く理由が
2011年震災があって一度手放した夢のカケラを、じぶんのカケラを拾いにいくんだ。ということに気がついたのだけれど、夢のカケラを拾いにいくと同時にその夢がニュージーランドからはじまっていくことを今日知った。
あのとき、置いてきた夢。
それは世界中のみんなと笑顔で食卓を囲むこと。
もちろん、ここ数年でもたくさんの食卓のなかで
たくさんの笑顔を交わしてきた。
だけれど、高校生のときにもった
世界一周そしてごはんをつくることをじぶんの真ん中に
置いてからは世界を周りながらみんなと食卓を囲むことを思い描いていたけれど
約12年ずっと叶えられずにきた。
今回、じぶんの夢のカケラを取り戻して
**まずは日本から。**よし、3/11からなのか。と結びの旅を始めようしていた。
…のだけど、、2/22その夢は思いがけないカタチではじまりそうなのである。
*
ニュージーランドに滞在中で今回のタラナキ山での
祭りを現地ですでにつくってくれている仲間のお蔭で
今回、先住民のマオリ族の方たちに村にお伺いできることになった。
イギリスに植民化されそうになったときにも
非暴力非服従でガンジーにも影響を与えた村のご子孫だそうで
今回の夢祭りにも共感してくださっていて
登山前にはセレモニーもしてくださるとおっしゃってくれているらしい。
今回のニュージーランドの旅、祭りでは
タラナキ山に山頂でみんなでおむすびを食べられたら満足。
あわよくば、出逢った外国の人とちゃぶ台を囲みたいなあ。と思っていたのだけど
同じスピリットをもつ同志としてのその出逢いに
マオリ族の方達との**結び**の祈りと象徴、そして感謝を込めて
おむすびを作らせて貰えることとなり共に食卓を囲めることとなった。
何年も叶えられずにいたきたことが
思いがけず、音もたてずに?あっさりとカンタンに
想像を遥かに越えたカタチではじまっていく。
物語は結び、結ばれていく*
父方のおじいちゃんおばあちゃんから譲り受けたちゃぶ台と
母方のおばあちゃんから譲り受けた着物で出掛けます♡)