●●ちゃぶ台から世界をひっくり返す●●

〜ちゃぶ台にのせるスナオな想いを結ぶ〜

あたりまえをひきはがす

じぶんのなかにある

あたりまえ**すぎる

感覚をじぶんから
えいっ!と引き剥がして
客観的にそれを
見つめてあげること。



が、
さいきんの
テーマだったわたし。


あまりにも
あたりまえすぎるものって
じぶんと一体となっているから
ある意味じぶんの中に

のか分からなくなってしまう。


し、
引き剥がしてみたところで
じぶんにとっては
ごくごく自然なことなので
なんの特別なことでも
ないとおもってしまうのだけれど、実はそれがその人の
ものすごいチカラだったりする。...のかもしれない。
(←すこしずつ感じてるこれを圧倒的に感じたい)



これが
テーマ。といいながら
それをなかなか見つめることができずにいたのだけど




数日前

わたしの中に(人に対しての)愛はあるのだろうか?**

と強烈に
じぶんに対して
疑問をもってしまう
瞬間があり 
じぶんの中を覗きこんでみた。





愛なんてまだまだ
わからないし
語れなんてしないのだけど


そのとき
感じたのが




じぶんの中に*在る*誰かへの愛も

じぶんの中から外にだし相手へ*表現*することもどっちも愛だな。

ということ。





前は目に見えての動きがない。
でも確実にそこにある。


後者は言葉や行動、形として表現されるので分かりやすい。
人から見ても、受けとる側もわかりやすい。




わたしは
圧倒的に前者の愛の
表現(実際はされていない) を
用いていることに気がついた。


そして、
後者の表現は
多くはごはんに乗せているのだけど、それ以外の方法でわたしの外にそれらがでたがっているのを感じる。


たぶん、
そのじぶんが
これからよりしたい
方法での表現をじぶんが
できていないから
じぶんの中に*愛がない*と感じてしまった。

のと

じぶんの中に
あたりまえに在る愛を
じぶんがちゃんと
見つけて、認めてあげられてなかったのだ。



パートナーとみひでに
わたしの中に愛あるとおもう?
どんな愛だとおもう?
わたしはこうおもってるのだけど。


と聞くと


少なくとも
麻美の周りにいる
大切な人はあるとおもってるとおもうよ。


そして
わたしの愛のカタチをこんな風に表現してくれた。

そこにないとおもうくらい、自然とそこに在る絶対的な愛**



うん。うん。
わたしのなかに、
ちゃんとあった!!じゃん。


そして、
やっぱり

がつくのね。笑


  


じぶんの中に
ちゃんと*在る*ことを
認めてあげたら
それがいろいろなカタチで
わたしの外にでたがってきた。

表現されたがっている。



そっか、

ことを認めてあげたら
しぜんと溢れてくるのかあ。


ちゃんと知ってる、
この溢れてくる感覚。



わたしは
基本的に昔から
じぶんのことを
冷たい人間だと
思い込んできたので
気がつくとそこに
じぶんを置いてしまう。



そうしたら
じぶんの中にある
あたたかさも
認めてもらえなくて
そりゃあいじけてしまうわ。



ちゃんといるね。って見つけてあげたらはりきって溢れだす。






この溢れたものを
みんなと分かち合うことを今までと違う方法で感じたいじぶんがいる。



ごはんではたくさんやってきた。




違う方法..
じぶんが嫌だなあ。とおもってきたことだから嫌なんだけど、これ。とわかっている。


嫌なことばかりで嫌だなあ。笑







だしたい、今。



すべてのいのちとパートナーシップを結ぶ覚悟と共に
だします、今。

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