●●ちゃぶ台から世界をひっくり返す●●

〜ちゃぶ台にのせるスナオな想いを結ぶ〜

*今*を生きていれる、幸せ。*じぶん*さえ、いれば幸せ

*今*を生きていれて幸せ。

じぶんさえ、いれば幸せ。

という感覚があるここさいきん。

 


そして
今さえ生きていれば
すべてを生きている感じ

 

でも、その瞬間
今までのように離れていても
おもっていたたいせつな人たちは
じぶんの中にない。感覚にもなっている

 


じぶんさえ、いれば幸せな感覚を感じたら

今まで
*じぶん*を認めてもらいたい欲求で人といたんだなあ。という感じを発見した

 


でも、
じぶんさえ、いればになったら

 

今までの
人といる理由がなくなり
崩れ去りまっさらな感じがしている


ここにどんなものがうまれゆくのか?

 

人といる
理由がなくなり、
さみしさもあるのかもしれない。

 

相手の中にじぶんがいなくても、
相手が幸せであることその人じしんで在ることをじぶんに許していけるようで在りたい。


...が


たぶん、
さみしいんだとおもう。笑

 


じぶんがいなくても
とみひでが幸せそうで
とみひでど在れることが


でも、それが、ほんとう。
だし、望んでいたこと

 


古いじぶんを脱ぎ捨てるときは、
さみしいのかも。

 

*

 

そして
じぶんの存在意義を
他人に依存させない

そんな、
じぶんになれたことを感じて、嬉しい

 

 

その反面

そんなじぶんを感じたら
わたしにとって
人との繋がりは
実は
じぶんの存在意義を見いだすための
手段だったのかも...ということに気づいて
すこし、驚いている

 

 

 

人との繋がりを
心が求めていない、今

 

(むしろ、会うことをイメージすると
うざったく感じてしまうわたしがいるのも事実。笑)

 

 

 


どうやって
人と触れあっていくのか
人にたいして、人と出逢っていくことに対してどんな想いがうまれてゆくのか。

 


こんな想いがどう変化してゆくのか
未知で、楽しみな、今

 


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